普通であること。普通に生きること。

今回書きたかったのは、特別じゃないとういう在り方です。
年のワリには雪子は無垢すぎるんですけど、
誰の中にも、こういった手垢のついていない部分って、
普通にある、と思うんです。

「この芝居には、先生と呼ばれる人が大勢出ていて、
 雪子はそこと差をつけて下さい」
知念さんからいただいた一番大きな課題です。

街の喫茶店のオネエチャンと、イタリア美術史の先生。
物の見方や生き方の違いがクッキリするほど、
二人の間に生まれた恋が本物になっていく。
そこを目指して、雪子はどんどん無防備になっていきました。

その結果、胡桃の持つすべて----
今でも先生に愛されてるってことだけじゃなく、
彼女の知性や勇気、生き方、すべて、
そこへの嫉妬も生まれてしまって、苦しくて苦しくて、
これは雪子として正しい心情なのか、苛まれました。

けれど、一度持ってしまった愚かな感情は止めようもなく、
いちいち本気の一つ一つに振り回されながら、
泣いたり笑ったり、がむしゃらに雪子に噛りついていく中で、
本番に入ってから二階堂さんが知念さんに仰っていた。

「ああ、この人をイスタンブールに連れて行きたいな、
 見せてやりたいな、って思いますね」
心情のマエストロにそんな風に思ってもらえた…
救われました(感涙)。てへ。