La Belle dame Sans Merci 1902 (age49)


絵のタイトルは直訳すると、『情け容赦の無い美しき貴婦人』。
超訳?で、つれなき美女、冷たき乙女、つれない姫、などなど訳者の数だけい〜っぱいタイトルがある、
有名な英国詩人ジョン・キーツのバラードを題材にした絵画だということで。
やはり、アーサー王の伝説の中に登場するシーンだそうです。

この詩の中味というのが、
美女に誘惑され、洞窟の中で一夜を共にした騎士の夢の中に、青ざめた死体が現れ、驚いて目を覚ますと、荒野の中に彼は一人いた、
というような感じです。

こう書くと、なんの事はない詩のようですが、
なんというんでしょうか、ゴシック・ホラーと言った趣がある詩らしいんですね。
キーツの翻訳サイトに行ってみましたが、訳詩を読んで、わたし『牡丹灯篭』を思い出しました。
お露さんも、このつれなき美女も、冥界の佳人で、
色香によって男性を惑わせ、黄泉路に引っ張り込もうという、コワ〜イ女人、いやいや人じゃないのか、なのですね。

美女はこの長い髪を絡ませて、騎士をメロメロにしてしまうわけです。
訳詩には
「それが私の見た最後の夢だった」
となっていたので、荒野に一人覚醒した時には、実はもうこの騎士はさまよえる亡霊となった後だったのかもしれません。

馬は騎士の持ち物でしょう?
だから一見、眠りから覚醒したオーロラ姫をお城に連れ帰る王子さまのように、
騎士の行きたい先へ、この美女を伴うの図、のように見えますが、
本当は、騎士の意思の象徴である馬を、美女はもう自在に操り、乗りこなしているわけで、
そういえば彼は地面に降り立って、鞍を彼女に明け渡していますものね、
もうすっかり虜になってしまっているわけですな。

それで、魂だけの、同じ存在になったというのに、
気づいたら一人ぽっちにされていて、もう二度と彼女とも、誰とも、会う事はできない。。。
永遠にひとり・・・
ほら、だんだん怖くなってきたでしョ?

だけど、この絵を見た時には、そんなテーマだなんて露ほども思わなかったです。
どちらかっていうと、
あたしの中では、この美女は春の女神のような存在で、
戦いに明け暮れしている騎士の心に、ふっと萌した、何かあたたかい夢見るような想い、
どこか、穏やかな佳き場所へ誘ってくれるのだ、
そんな感じを受けたんですね。

調べてビックリでしたわ。
でも、ディクシー卿も、なんだかあたしみたいなイメージで描いてたんじゃないかなぁ。
まあ、確かに美女の装いが、ある種毒々しいと言えば言えなくもなく、そんな恐怖を醸し出してるような気もしますが、
ラファエロ前派の作家には格好の素材だったようで、比べて見ると、明らかに不吉感がないんですもの、
卿の絵には。

比較してみます?

いったいがこのフランク・ディクシーというサーは、いたって明るい方向の人だったような気がします。
本国の人なら周知の題材を使って、でもテーマをテーマとして描かないみたいな、
なんだろ、
明るくウラをかく、というような、イギリス紳士ならではのウィットを感じるんだよなぁ。

甘い生活では、あくまで春の女神として居ていただきました。
このBelle dameには。