<Day By Day>

7月26日(土)やっぱ、さぶ・・・



丸諒のお話解説その最終回だす。


あれから十日ほどたった、ある昼下がり。
お秋ちゃんが、鎗屋町のお家を訪ねてみると、
西鶴せんせは、なんや情けない恰好でお掃除なんぞしてはった。
忠助、昨日から姿が見えへんねん。

藤吾はんから、行ったらあかん、て言われてたさかい、
わざわざ、お休みをもろて、駆け付けて来たお秋ちゃんやった。
おさんどんは、せんせが自分でせんならんわ、
あのお梶婆さんはずっと居座ってるわで、
ほとほとくさってはったとこへ、地獄で仏とはこのことや。
せんせが喜んでたら、
お秋ちゃん、思わぬ事を聞いてきた。
あの、千次はんは・・・?


せんじぃい?
なんや、そうやったんかいな、お前わしの為やのうて、
千次に会いにきたんかいな。
真っ赤になって否定するお秋ちゃんやったけど、
せんせは喜んだはるようや。


千次もお前のこと好いとるで。
阿呆やけど、根はいい男や、お前の気持ち次第や。
ほな、な。
言うなり、せんせは浮かれ足で遊びに、あ、いやいや、
ご用に行かはった。
まっとうな事と不埒な事が、同時に心の中にあるのんが、
西鶴せんせの、らしいところや。


ちょうど、そこへ、旅姿の千次が戻って来た。
あ?!お秋ちゃん!
ウレシそうな千次の足を、お秋ちゃんは洗ったげる。
千次は、お秋ちゃんに一目惚れしてたのやった。
若旦那、いえ旦那はんのお言いつけで、会えんようになってしもても、
せんせのお使いで旅に出とる間も、
他の女には指一本触れずに、お秋ちゃんのことを想い続けていたのやった。
そしたら、
旅から戻った途端に、お秋ちゃんに会えたもんやから、
ボルテージは最高潮。
いきなりコクりおった!


なあ、わしの傍にいてや。
それが駄目なら、わしをあんたの傍においてや。
一緒に所帯や。
商い覚えて、あんたに楽さしたろ思て、
わし、今、読み書き算盤習うてんのや。
こんまい餓鬼に混じって、寺子屋通い。格好つかん。
けど、あんたの為やったら、何でもでける。


お秋ちゃんかて、いつのまにか気になってしゃあない相手になっていた。
千次の心のこもったまなざしが、
身持ちの堅い、お秋ちゃんの気持ちを、少しずつ溶かし、
二人の顔が、だんだん、だんだん、近付いて・・・
気が付くと、 千次の唇に、なぜかお梶はんが吸い付いていた。


ぎゃああああ!何しくさんねん、この婆あ!
お、お梶はん、
そらちょっと千次がかわいそうや。はは。
お秋ちゃんは、逃げるように奥へ行ってしもた。
ま、けど良かった良かった。
これでお秋ちゃんも、ハイミスから足抜けや。




このくそ婆あ、われの化けの皮は、もう剥がれとんのや。
そう。
千次は姫路へ出向いて、お夏のことを調べて来たのやった。
但馬屋は潰れてのうなっていたが、
今は、片上というところで茶店を出したはる、お夏その人に会えたのやて。


けど、お梶はんは全然動じまへん。
自分でそう言うてるだけやろ。
お夏の名を騙って茶店を出せば、繁盛するのは間違いないんやで。
それとも、但馬屋から、ほんまもんやちゅう書付けでも貰ってきたんか。
戻って来た西鶴せんせの前で、
そう詰め寄られると、証拠になるものは何も持ってへん千次やった。

けど、腑に落ちんことだらけなんやもん、お梶はんは。
年格好を計算しても、
お夏は今、四十一、二のはずやのに、
どう見ても五十は過ぎてみえるし、
惚れた男の為に、気の狂うたほどうぶな娘が、
こないキョーレツな強突く婆あに、あ、失礼、
肝っ玉のふっとい婆さんに、成れるもんなんかいな?
丸諒も、ちょと疑問。


せやけど、いったいどうせえちゅうねん。
五十両かて、あんたにあげたやろ、
もうこれ以上、何を望むて言うんや。
手を拱いているところへ、
藤吾はんが忠助を伴ってやってきはった。
今は、藤吾はんが当主やから、
話をつけに出向いてきはったんだす。


お梶はんは、心の傷を癒してもらいたいちゅう主張や。
それはいかほどのもんかと問えば、
七百両やて言わはった。
清十郎が濡れ衣を着せられた、あれと同じ金額や。
けど、七百両て、
四千三百四十万円やで。
家一件建ちますがな。。。
お梶はんは、 それで盛大な供養をするのやて。


それは、どないでっしゃろ。
お夏はんがやるならまだしも、あんたでは。
え、若旦那はん、いやいや旦那はん、
何か掴んだんだすか?!
掴んだんだす。
忠助が、お梶はんと知り合いやったんだす。


なんとお梶はんは、
昔、旅の途中の忠助を、身ぐるみ剥がして、有り金全部盗んだ、
三河の女郎やったのやて。
あの恐ろしい体験は、初めて女郎買いをした忠助はんの、
深〜いトラウマとなってしもてた。
十数年も経ってるちゅうのに、
いきなり表れたお梶はんの顔見た途端、再現!恐怖のズンドコ!
んで、
いひゃあー!
ちゅう、あのあられもない声に結びついたワケやね。

なんで、あの女がここにおるんや。
ようよう考えた忠助は、はた、と思い出した。
そん時、女郎は確かにこう言うた。
かつては自分も、 大坂九太郎町の、古道具屋の女房やった。。。
忠助が、その店を探し回っていたとこを、
藤吾はんに見つかったわけや。

八軒目で、関口屋という店に当たった。
そこの主人は、
二十五年前に家を出たきりの母親の行方を、
今も捜しとられる。
母親の名ぁは、お梶・・・。

お梶はんは、脱兎のごとく玄関へダッシュかけはった。
けど、ちょうどそこへ来合わせた、いとはんとお今はんにぶつかって、
あえなく、また座らされてしもた。
す走っこいバアさんや。
こうなっては逃げも隠れもできまへん。
関口屋のお内儀には、二の腕に火傷の跡があるのやという。
お梶はんの腕に火傷の跡は・・・あった。

お梶はんの旦那はんは、今、瀕死の床で泣いてはる。
二十五年前に離縁したのは、
お前の落ち度やない。
死ぬ前に一目会って、詫びを言わさして欲しい、て。

そうか、
お梶はんは、無理無理、離婚させられはったんやなぁ。
何が気に入らんで、そない横暴なことしたんやろ。
女一人の身ぃで、江戸の世の中を生きて行くんは、
並み大抵のことやなかったやろな。
古道具屋のおかみさんから、女郎にまで堕ちたんやもんな。
火傷の跡かて、
子供の上に倒れてきた鉄瓶を、払いのけた時に出来たものやった。
この人にも、幸せな主婦の時代があった、
そう思たら、丸諒ちょっともらい泣き。


帰ったりいな、お梶はん。
最期やよ、今ならまだ間に合うんやよ。
ご免やな。
そんなら、わしの二十五年はなんやったんや。
何も悪いことしてへんわしが、
どれだけの思いで今日まで生きて来たか、
ぬくぬく暮らして来たあんたらに、
何が分かるちゅうんや!
お梶はんの心は、石のように硬い。。。

けど、だからと言うて、勝手にお夏を騙って、
なんの関係もない西鶴せんせをゆする、なんちゅうんは酷い話や。
あんたが不幸やからて、人様を騙してええちゅう問題やないやろ。
もし、大事なことがもう一つありますのや。
なんや、忠助。



お梶はんは、清十郎はんの姉さんなんだす。



離縁の理由は、
清十郎が罪人になったからやった。
商いの手前、泣く泣く別れを言い渡した旦那さんやった。


かわいそうや。
お梶はんが、あんまりわいそうや。
仲のええ姉弟やった。
やさしいて、男前で、心のきれいな、自慢の弟やった。


姉さんは、ほんまに頭がええな、
わしも、そんなん成りたいな、
姉さんみたいに、強なりたいな。

その弟が、お梶はんの人生を狂わせてしもた。
人の金に手ぇ付けるやなんて、
清十郎はそないに浅まし人間やない。

血が出るほど叫んでも、世間の闇が吸い込んでしまう。
成すすべもないままに、離縁され、放り出されて、
人として生きる道を絶たれてしまったその後になって、
あれは濡れ衣やった。。。


そないな理不尽があるやろか。

西鶴せんせは、その濡れ衣を、
物には念を入れぬと、どこぞの親父がそう言うたそうな、
と書きはった。


それはあんまり酷い言葉だす。
身に覚えのない罪で殺されはった清十郎はんへの、
手向けの言葉と言うには、
無神経すぎます。


お梶はん、済まんことやった。わしの落ち度や。

西鶴せんせは、頭を下げた。


初めから、ゆすりたかりに来たわけやなかった。
ただ一言、無念の思いを訴えたかった。
わしの清十郎を、面白おかしゅう書きよって。
わしの清十郎を、面白おかしゅう書きよって。。。

けど、金の顔見たら・・・、
浅ましう成り下がったもんやな。
なんで、お夏なんて名乗ったんかな、
清十郎をたぶらかした、あれほど憎い女の名を。


清十郎はんが恋焦がれたお人を、
ほんまは憎みとなかったんやないですか。
いとはんが、口を開きはった。




私には、息子はんのお気持ちが分かります。
小さい時に、清十郎はんが原因で、息子はんはおっ母さまを失った。
今、ようやく生きてはるて分かったのに、
またおっ母さまに拒まれてはる。
今度は息子はんが、おっ母さまとそして清十郎はんを、
恨むようになるのではないですか。
そんなん、息子はんがかわいそすぎる・・・。


亭主のくたばり顔、見てやるわい。

お梶はんは、突然ぷいっと出ていかはった。
忠助に、五十両の包みを投げ付けて。
どこまでも、
意地を張らんと生きて行けんお梶はんやった。

忠助、これを九太郎町の関口屋まで届けたれ。
大黒屋の借金は、この家売ったらええのやから。
売らんでもよろし。
へ?
今度だけやて念押しして、
なんと、藤吾はんがお金を出してくれはった。
せんせ、子の心、親知らず、ですえ。


息子はんのもとで、あんじょう暮らしてくれはったらええんですけどな。
舞い戻って来んことを、祈るばかりや。

お秋ちゃんに、こっちゃにおるように言わはると、
藤吾はんは、 鷹揚に帰って行きなはった。
その後ろ姿が、やっぱりどことのう、
せんせに似たはる。。。
もう、誰も、若旦那はんとは呼べん風格や。



生きて想いをさしょうより・・・。

さしょう想いを抱えて、
生きて行かねばならんのが人生ちゅうもんなら、
盛大に行こやないか。
泣いたり笑ろたり、好きになったり憎んだり、
阿呆でひ弱な己を抱えて、
ただひたすらに、歩いて行くんや。


せんせ、聞きましたえ、お金を返して下はるそうで。
わ、お常はん。
早耳やなー、もう来はったんかいな。
せんせは、
あ、えー、これ全部やのうて、とりあえずこんぐらいで。。。
あきまへん!


生きて想いをさしょうより。
ですやろ。
そないな重いもん抱えてんと、身軽になんなはれ。








 







『生きて想いをさしょうより』稽古を終えて


ひとまず、終わりましたねえ。
ようやく馴染んで来た上方弁とも、お別れです。
声に出してみて、あらためて、その美しい響きに心躍る毎日でございました。



昔、リブレの旅で行った、大阪のお風呂やさんで、
オバチャンも子供も、もの凄いスピードで話しているのを見て、
 仰天したことがありました。
心地いいリズムで、コジャレたジョークを散りばめながら、
 それは闊達に、喋ること自体を楽しんでいる。
 町の人が、みんな会話のプロなんですね。

 関東の人間からすると、初めは攻撃的な言葉に聞こえますが、
実際には、独特の敬語があったりして、
人の気持ちをとても大事にする風土なんだな、と感動します。
私は特に、〜してはる、という言い方がすごく好きです。
さりげなく敬意を払えて、便利な言葉ですよね。
これはもう、日常的に使わせてもらおうと思ってます。



残念ながら、稽古では三場ができませんでした。
あくまでテキストとして、
一つの役を、全員で回して演る、という方法をとったので、
作品の面白さに浸り切る、というところまでは行けなかったのが心残りです。
上演用なら、稽古中から音も曲もガンガン入れて、
「生きて・・・」の世界を作り上げていくところです。
役者がワールドに陶酔出来る本、というのはなかなかないので、
その辺の魅力を教えてあげたかったんですけどねえ。

殊に二場は、エンターテイメントの見せ所ですから。
私なら、お七登場は、やっぱり「火の見櫓の段」で人形振りをさせたいし、
清十郎の登場も、室津の遊女に囲まれているような、
ちょっと退廃的で蠱惑的な感じを、ゆったりと見せたい。
おさんの登場も、例の、藤の房なんかかざして、
お姫さまチックに出したいし。

おかげで、元禄時代には、チョイっと詳しくなったので、
いつか、形を変えても、やってみたい素材ですねー。
ウチの若い衆も、そんな気持ちになってくれはったらいいんですけどネ。


ではでは、長々お世文字さまでございました。
次回 DAY BY DAY は、『黄金の国』に突入です。
どなたさんも、よろしうに。



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