丸諒の好色五人女巻五




おまんの巻


おまんは、薩摩の浜の町というところにある、琉球屋の娘です。


年は十六。


今がまさに、十六夜の月も羨む、娘盛り、恋盛りで、

気立ての良い、チャーミングな娘でした。



お年頃の上に器量よしなので、縁談は降るほどに舞い込んで来るのですが、

おまんにはそれがうるさくてかないません。


好きなヒトがいるからです。



人が聞いたらいやがるようなうわ言を口走ったりして、

おまんは、本当に気がふれたかと思うほど、真に迫った仮病を使って、

ことごとく良い縁談をぶち壊しています。



おまんが夢中になっているのは、源五兵衛という男。


歳は二十六。


大きな両替商の息子でしたが、

派手な長脇差しの武家姿をした伊達者で、

憎らしいぐらいに、水も滴るいい男ぶりです。



おまんは、その男盛りの姿にすっかりおか惚れして、

去年の春から、ずーっと恋文を送り続けているのですが、

まったく返事ももらえません。



悔しいやら、切ないやらで、

そうなるとますます恋心は募っていきます。



今日もまた、とんでもない仮病を使って、

日がな一日、源五兵衛を思い続けているおまんです。



源五兵衛が、おまんを袖にし続けるのには、ワケがありました。

彼は、男にしか興味のない、衆道の人だったのです。



衆道、男色と言えば、

崇高な男の美学、神聖な男だけのエデンの園。


そこには、男女の色恋などより、よっぽど清らかな、

優雅で高潔なホントの恋があるのです。


源五兵衛は、衆道界のカリスマ、スーパースターです。



おまんも、手強い相手を好きになったもんです。



源五兵衛の恋人は、八十郎という可憐な若衆です。


一重桜の初咲きが半ば開いて、その花がものを言うような風情の、

娘よりも清純な美少年です。



この八十郎に、源五兵衛は、突然死なれてしまいます。

春雨の晩に、源五兵衛の腕の中で、ポックリ逝ってしまったのです。


源五兵衛は深く嘆きました。

もう生きてはおれないこの身だが、

三年、八十郎を弔って、三年後の今日、この墓の前で後を追おう、

と、出家しました。



夏の間中、花を供え、香を絶やさず過ごして、秋の気配が漂い出す頃、

源五兵衛は高野山へ参ることにしました。


ある村はずれまで差し掛かった時、一人の少年がいました。

取り餅の付いた竿で鳥を狙っているのですが、

うまく行かずに悔しがっている風情が、なんとも優雅です。


八十郎より美しい!



すっかり一目惚れしてしまった源五兵衛は、

いい調子で、山のように鳥を捕ってやります。

感激した少年に誘われるまま、森の中の館に泊めてもらうと、

二人は契りを結びました。


「お帰りには、きっとまた逢いに来て下さいね」

少年と泣く泣く別れて、ようよう高野山に着いたものの、

源五兵衛は一日で山を下り、まっしぐらに少年の家へ向かいました。


ところが、なんと、

この少年も、もはやこの世の人ではなくなっていたのです。



愛する者と、二人までも死に別れるなんて、

もおイヤ。



深く傷ついた源五兵衛は、今度こそ、深いお山に隠ってしまいました。



そんな源五兵衛の噂が耳に入ったおまんは、がく然です。


いつか必ず、女の私に振り向かせてやろうと楽しみにしていたのに、

なんてことー?!

私は負けない。


おまんは決心します。



こっそり衣装を揃えると、髪も自分で切って、

まんまと若衆姿に化けたおまんは、家出を決行します。


目指すは、源五兵衛の住む山ひとつ。



暗い杉林を抜け、険しい岩を越え、丸木橋もなんのその、

女の一念で、急な斜面も登り切って、

やっと傾いた庵に着きました。



 庵の主人は留守でした。


 おまんは、暗くなっても灯をともすのも我慢して、

 頑張ってお帰りを待ちます。



 真夜中過ぎになって、ようやく源五兵衛は戻って来ました。

 


 横に、二人の若衆を連れていたので、おまんは驚きます。


 自分の庵に、美しい若衆が座っていたので、

 源五兵衛も驚きます。


 おまんがいきなり表れたので、二人の若衆も驚きます。


 驚いたと思ったら、消えてしまいました。

 ???



源五兵衛は、この見知らぬ若衆の美しさに、陶然と魅惑されてしまいました。



あなたを慕って、身を捨てて、ここまでやって来たのに、

 あんなきれいな人が、二人も一緒だなんて・・・。


若衆は、源五兵衛に恨み言を言います。



すっかり舞い上がった源五兵衛は、

あの二人は、もうこの世にはいない幻なのだ、と説きながら、

堪え切れずに、もうおまんに戯れかかってきます。



おまんが、ちょっと拗ねたりしてみせながら、

この恋に身を捨てたのですから、

二度と他の若衆と契ったりなさらないと、約束して下さいますか、

と訪ねると、

この上は、還俗も厭わぬぐらいですよ、

と、源五兵衛は誓紙を書いてくれました。



おまんを引き寄せ、身八つ口から手を差し入れると、

背中は、なめらかなさすり心地です。


「少しの傷もないのですね。」


腰から下に手を持ってきたので、おまんは身をかわします。


源五兵衛が、耳を愛撫すると、くすぐったさに足が動いてしまいます。


その拍子に、緋縮緬の腰巻きがこぼれて見えました。



源五兵衛は仰天します。


気を付けてよく見直すと、紛れもない女の顔だちなのでした。



源五兵衛はあきれて声も出ません。

起き上がろうとするのを、引き止めて、


「さっきの誓紙をお忘れですか。

 私はあなたにつれなくされた、琉球屋のおまんです。

 恨みながらも恋しくて、姿を変えてまでやってきた、

 それが憎いとおっしゃれますか。」



おまんは切に訴えます。


女だったなんて!


なんたること。


なんたることかと、乱れつつ・・・、

すでに、おまんに惚れてしまっていたのでした。



腕の中の女の、猫のようなしなやかさに、

源五兵衛は、負けてしまいました。。。





おまんの作戦勝ちでした。







翌年の、雛の節句の頃。


還俗した源五兵衛とおまんは、

鹿児島の町外れで侘び住いをしていました。


一年も経てば髪も生え揃い、墨染めの衣も脱いでしまえば、

昔と何も変わるところはありません。



しかし、先立つモノはお金です。


いくら両替商とはいっても、源五兵衛の実家は、

伊達者の息子が、銀千貫目(十億円!)を使い果たしたおかげで、

とっくに潰れてなくなっていました。



二人の暮らしは、

おまんが、狂言の所作真似などの大道芸をして、

やっとその日の食い扶持を稼いでいました。


源五兵衛も、奴の物真似などしてみるのですが、

こちらはとても、銭になるシロモノではありません。



こんなことでは、破たんは目の前です。


いよいよ、どうにもならなくなったと思われたその時、

思わぬ救いの手が差し伸べられました。


娘の行方を探し求めていたおまんの親が、

ついに二人を見つけたのです。



娘が好いた人ならば、と、琉球屋は手放しで源五兵衛を婿に迎え、

三百八十三もある様々な鍵を渡します。



源五兵衛は困ってしまいます。



「これでは、江戸、大坂、京の郭の太夫を全部身請けしても、

とても使い切れる額ではない。どうしたらよいものやら・・・。」



薩摩の空は、桜島の煙りに霞んで、

浅葱色に、どこまでも続いておりました。











丸諒の思ったこと


好色五人女の中では、一番毛色の変わったお話です。

のっけから、男同士の恋愛模様が事細かく展開されるので、

なんじゃこりゃ?

と、女の身としては、なかなか入っていけない話でもありました。



まったく源五兵衛という男は、いい加減なヤツです。


出家するほど愛していたはずなのに、

半年も経たずに、もう次かい!

八十郎は浮かばれないよー。


しかも、初対面でいきなり上がり込んで押し倒すなよー!



実家の両替商というのは、今で言う銀行みたいなものです。

だから10億も使えたのですが、

それにしたって10億円だゼ?!


西鶴せんせの金額表記は、もともとオーバーではあるのですが、

こと源五兵衛に至っては、さもありなん、と思えるぐらい、

ほんまもんの浮かれぽんちです。



でも、この源五兵衛の、あまりにも浮き世離れした有り様が、

ほとんど漫画みたいにカラッとしているので、

他のお話のように、いつ不幸の罠にはまるか分からない、という、

シリアスな緊張感がなくて、

安心して気楽に読んでいけるのですね。



江戸庶民は、物事にこだわらない、という美学を持ちたかったようです。


粋というのは融通性があること。

野暮というのは頭がカタイこと。


実質的な時代のオピニオンリーダーが、

今や武士から商人に変わっている、泰平の世の中ですから、

「お金」という天下の回りものと、

どれだけ、着かず離れずのイイ距離を保てるかで、

幸不幸が決まるワケです。


ひとつ事に物堅くこだわっていたのでは、

足の早いお金のしっぽを、捕まえることは出来ません。


いち早く、柔軟に物事を捌く才覚のある人間が、

クールなヤツ、粋なヤツ、という必然になっていったのですね。



思想のベースは、仁義礼智忠信孝貞に代表される、儒教にありながら、

今やなかなか、それをまっとう出来ない時代になっていました。


だからこそ、義にこだわり、信を貫く頑固さに、


人々は潔さを感じ取り、憧れたという側面も、裏腹にありました。


『忠臣蔵』がいい例ですね。

樽屋おせんも、その潔さが共感を呼びました。


柔軟性と潔さ、という二つが、粋という感覚の二本柱だったようです。

でも、その神髄は、他人様を煩わせない、ということです。



源五兵衛は、その意味では、粋なヤツとは言えないよなナー。


柔軟性があるというよりは、ただの御都合主義だし、

潔さなんて皆無でしょう。


吉三郎を見届けてから自分も出家した、

松前藩のお侍の美しさを見習ってみい、てな感じです。


でも、なぜか憎めない。


この本の男たちの中で、一番ナマっぽいからじゃないでしょうか。

粋を気取っているつもりなのに、全然ちがーう。

普通はみんなこうだったんだと思います。


あっちこっちぶつかっては、その度にヨロめいて、

生産性は全く無いので、還俗してもおまんに喰わせてもらう体たらく。

男から見た、男の理想のひとつかもしれませんね。


日本固有のものなのかな、極楽トンボという在り方。


『好色一代男』『夫婦善哉』・・・あ、これみんな上方の男だ。


丸諒は好きですねー、こういう浮かれた阿呆な男。

一緒にいる女はたまったもんじゃありませんが。



だから、おまんも、かなり好きな女です。


なにより賢いのがいい。

とんでもない仮病を使って、縁談をぶち壊す、

なんて、大胆で明るくて、かわいいなー、と思いますね。


おまんのスゴイところは、

ちゃんと生きて行こうという、現実から全く離れていないところでしょう。


自分で大道芸なんかやっちゃえる人ですからネー。


若衆に化けたのも、誓紙を書かせたのも、

見ようによっては、小ズルくて嫌だという女性も多いようですが、

丸諒は、イタリアの下町女のようなバイタリティを感じて、

天晴れ!と思っちゃいます。


ただ、それもひとえに、ハッピーエンドを勝ち取ったからこそ、

思えることなんですけど。



実際のおまん源五兵衛は心中しています。


西鶴がこれに取り組んだ時点で、25年も経っていて、

細かい史実関係が定かでない状態だったので、

作家としてもっとも脚色しやすい素材だったようです。


使い切れないほどのお宝が唸っている蔵の鍵をもらった、

というラストがあまりにも荒唐無稽なので、

ウソだろお、と思った方も多かったでしょう。

はい、ウソです。



多分、男装して美僧と駆け落ちした、

というところだけが真実なのではないかと思います。


親が探していたのも本当で、結局間に合わず、

心中してしまったのではないでしょうか。


いずれにしても、僧侶と生娘の取り合わせですから、

そこが、世間の記憶に、長く留まった要因だったのでしょう。



そうなると、二人のしたことも、全く違って見えて来ますよね。


おまんは途端に、粘着気質な強情娘に感じるし、

源五兵衛は、無責任な男尊女卑の権化に思えてくる。


薩摩というお国柄から言っても、男の方が相当強い立場なわけで、

大道芸どころか、へたすると夜鷹まがいに堕ちた挙げ句の、

おまんの仕掛けた無理心中だったりして・・・なんてね。



当時の洒落本は、最後を大団円で締めくくる、

というのがお約束になっていたので、西鶴もそれに則ったのでしょう。


心中にすると、おさん茂兵衛のケースと似てしまいますし。


惚れた相手と、一生安泰に暮らす、

というのは、江戸の人たちにとっても理想でした。


それが出来なかったのは、それではすぐに喰い詰めてしまうからです。



以前の巻で、結婚には持参金が必須事項、と書きましたが、

もちろんお金を払ってでももらいたい、という相手の場合は、

逆に支度金を出す、というケースもありました。


おさんの場合は、これに当たるかもしれません。


世間のしがらみを押さえて、筋を通さなければならなかったので、

それはそれで、大変な情熱がないと出来ないわけですが、

お金さえあれば、恋と生活の両立は可能だったのです。



元禄は、世の中の中心が、義から金に方向転換した時代でした。

義に金が絡むと、なおややこしい。

近松の心中物は、ほとんど、金が道行きのきっかけになっています。


西鶴が、おまん源五兵衛をハッピーエンドにしたのも、

読者に夢を持たせてあげんが為でしょう。


これで心中なんてことになったら、

江戸の人々は、ドヨ〜ンと生きる張り合いをなくしてしまいます。

♪貧しさに負けた〜、って。



現代と、とてもよく似た時代ですよね。

もっとも今は、改革、倹約、増税の天保時代って感じですが。

(あんまりご無体な締め付けをすると、そのうち黒船が来るぞォ)


日本の資本主義は、実はすでに元禄時代から始まっていたのかもしれません。

古代から綿々と続いて来た歴史の中で、

江戸期に入ると、いきなり世の中に躍動感が溢れ始めますよね。


それまで内在していた物が、一気に花開いた感じで、

日本のルネッサンスだ。




丸諒はやっぱり、作り物でも、好色五人女の中のおまんが好きです。


自分の力で頑張って、恋と生を勝ち取った女だから。

あのバイタリティが可愛いヨ。

生きるってことは、やっぱ明るくなくっちゃいけませんやね。



しかし、あの後、琉球屋は大丈夫だったんだろうか。

ホンットに源五兵衛は、使うことしか考えないヤツだよ。


ミソは誓紙にある。。。


他の若衆とは関わらない、という内容だし、

源五兵衛はすっかり女に目覚めちゃったわけだから、

マジで花魁遊びに本腰入れそう。


一回の揚げ代が75万円ぐらいだからなあ、

365日遊んだら・・・2億7千375万えんひー!!

60才まで通ったら、93億とび750万円。

・・・。

ヤルと思う。あの男は、絶対。


10年ぐらいで幸せに往生してもらった方が、いいカモね。







梅もきらいよ桜もいやよ ももとももとの間(あい)が良い







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