丸諒の思ったこと
好色五人女の中でも、もっとも有名なお話“八百屋お七”です。
挿し絵にも載せましたが、
現在でも、文楽や歌舞伎の踊りなどで、
自分で火を付けながら、火事だ火事だと半鐘を鳴らす、
『火の見櫓〜やぐら〜の段』というこのシーンは、
ビジュアル的効果の美しい、人気の演目ですよね。
これは、人形浄瑠璃の中の1シーンです。→
この、浅葱と紅の麻の葉模様の柄には、
丸諒も憧れました、若い頃。
お七は丙午の生まれだったので、これ以来、
丙午の女はアブナイ、
なぞと言われるようになってしまったぐらい、
お江戸の人々には、強烈な事件だったことでしょう。
そりゃそうですよね、
火あぶりですから、しかも16才の美少女の。
お七の恋は、身分違いの悲劇です。
若年と言えども、吉三郎は小野川という名字を持つ、立派なお侍ですから、
一緒になるには壁の高い相手です。
それにこの吉三郎は、ワケありの人でもありました。
もともと、あるお侍の恋人だったのです。
つまり、男色の道の人。。。
江戸時代の恋愛事情は、男女に限ったものではなく、
衆道という男同士の恋もありました。
丸諒はこの手の話が苦手なので、どうも共感しづらい恨みはあるのですが、
いわゆるホモセクシュアルというのとも、微妙に違う、
もっと美しい、オシャレなものとして捉えられていたようです。
基本的には男尊女卑の世の中なので、
ひょっとすると、女とまともに恋愛するのは野暮なこと、
というような深層心理が、江戸人のどこかにあったのかもしれません。
女はセックスの対象でもあり、
“瞬間湯沸かし器”的身体構造を持つ、男という性にとって、
その激情が恋なのかどうか、疑わしく思える、ということは、
現代の男性の中でも、よく湧いて来る疑問だったりすると思いますが、
衆道の場合は、純粋な恋を楽しむ、
ある種の美学らしいのです。
といっても、することはしてたりしてるんですけど。もお。
この辺りの感覚については、男性の意見を聞いてみたいもんだす。
吉三郎の恋人という侍は、たぶん松前藩の人で、
この事件の頃は、参勤交代で北海道へ帰っていたのでしょう。
1年お江戸、1年お国元、というシフトなので、
江戸で可愛いカレシが出来た場合には、
悪い虫が付かないように、寺で預かってもらうのが通例だったようです。
吉祥寺のご住職も、
クライアント(たぶん預かり賃は貰っていたでしょう)の在国中に、
預かりものが死んだ、なんてことになったら、
義理も面目も立たなくなってしまうので、
吉三郎の自害には戦々恐々だったのだと思います。
吉三郎が筋を通して、自分の兄分のその人からお許しを頂いて出家した後、
その人もお坊様になってしまった、というのですから、
恐れ入ります。
しかし、預けられるって、
そこに男としての主体性はないのか?
そう言えば、吉三郎に、やけにナヨナヨした感じを受けるのは、
丸諒だけでしょうか。
雷の晩の戸惑い加減は、女が初めてだったからだとしても、
茂兵衛のような、男のダイナミックさは露ほどもなく、
雪の晩も、冷えて足腰立たなくなるほどヤワだし、
会えなくなったからといって寝込むし、
そもそも、出逢いの時の姿も、
自分でとげが抜けなくて、ひたすら悩まし気にしていたわけで、
“男”という感じがしないんです、どうしても。
あ、いかんいかん。
どうもこの巻には共感できない本音が出てしまうわ。
たぶん、お七も吉三郎も、あまりにも子供なので腹立たしくなるんですわ。
それを初恋の切ない情熱、と、
支持する人の方が多いとは思います。
幼くて、愚かなものは、それだけ純粋だということなのでしょうね。
火の付いた ようにお七は逢いたがる、
という川柳にもある通り、
そのパッションには随分ロマンを感じたものでしたが、
今読んでみると、正直言って、バカモノ!と怒りたくなってしまう、
それは丸諒がオバハンになったからですね、はい。
この話には、どことなく、
『ロミオとジュリエット』を彷佛とさせるものがあります。
夜明けと共に別れていくあたりなど、
ヴェローナの街にさえずった小鳥の声が、
お江戸の本郷にも聞こえていたような気にさせる場面です。
ロミジュリは支持できるのに、
なんでお七吉三郎には腹立ってくるんだろう???
やっぱり、丸諒的に、吉三郎に男を感じないからだ!
でも、冒頭でもご紹介した、『火のみ櫓の段』は、
演ってみたいです、女優としては。
こよなく憧れる、美しいシーンです。
それにしても、ここまで読み進めてみて、
五人女と言いながら、出て来る男たちのバリエイションの豊富さの方に、
面白みを感じたりするこの頃です。
吉三郎の“乙女ぶり”に較べて、
清十郎が16の時には、
何十人もの遊女からおか惚れされる、色気たっぷりの遊び人だったし、
同じ“初めて”の時でも、
茂兵衛の、相手違いも分からぬ程の切迫感に、
野暮ったいけど、清十郎にはない、命を賭けてくれそうな実を感じるし。
野暮で言うなら、樽屋忠兵衛も小市民だけど、
あの人は男たちの中で、一番あったかい心の持ち主だったと思います。
反面、以春のようなインテリならではのクールな生きざまには、
大人の男の、切ないやせ我慢の色気を感じるのです。
吉三郎の人生は、出家してから始まっていくのでしょうね。
もしも、残された者同士、樽屋の忠兵衛さんと出会ったら、
どんな思いを相手に見るでしょう。
大経師以春は、吉三郎を哀れと思うでしょうか。
奇しくも、お七が死んだ半年後の秋、
以春の妻おさんは磔にかかったのでした。
さてさて、好色五人女も残すところは後一巻。
これがまた、丸諒の不得意な衆道三昧の巻なのです。
どうやってリライトしよ。。。
世のあはれ 春吹く風に名を残し 遅れ桜の 今日散りし身は
お七