丸諒の好色五人女巻三




おさんの巻


おさんは、京都四条室町の、大経師の女房です。


大経師というのは、

宮中や幕府の表具や経師をほどこす職業の人で、

暦の発刊も許された、特殊な御用職人です。



大経師の美人女房と歌われたおさんは、

京の男たちの注目の的になるほど美しい女でした。







春も深まる頃になると、

京の人々は藤見に出掛けて行きます。


東山は、紫の雲が広がったようにけぶり、

その中で、濃厚な藤の花の香に酔いながら、行き交う女たちの品定めをするのも、

都の伊達男たちの楽しみです。


女たちもまた、 ここぞとばかりの凝った装いで、

姿自慢をしながら、気取って歩いています。


そんな中を、

水際立って美しい娘がやってきました。


流行りの衣装の好みもよく、

長い髪を、金の元結いで結んでスッと梳き流し、藤の一房をかざして歩いて来るその姿には、

あまたの綺麗な女たちも圧倒されてしまいます。


誰もが文句の付けようもない、

今年の藤見一番の美女。


それが、おさんだったのです。




 大経師の以春は、なかなかのうるさい男で、 

 妻にする女の容色を選り好みしている内に、

 すっかりやもめ暮らしが長くなっていましたが、

 この春評判になった、藤の花をかざして表れた娘、

 あれこそが望み通りの女、

 と、決めたが最後、

 いっさいがっさい文句も言わずに、大枚をはたいて仲人女を立て、

 あっという間におさんを女房にしてしまいました。




以春は、それはそれはおさんを大事にし、

浮気の虫なぞ起ころう隙もありません。


おさんもまた、

望まれて輿入れした幸せを実感しながら、

仲睦まじく3年の月日を送っておりました。




おさんは、以春大事で家のことも上手に切り回したので、

内助の功で、経師屋は増々大きくなっています。



その甲斐あってか、以春は江戸へ行くことになりました。

江戸城の襖絵を表装するよう、

幕府より、名誉な御用を仰せつかったのです。


江戸での仕事ともなれば、み月よ月は帰って来られません。


恋女房と離れてしまうのでは、

以春にとっては有り難迷惑な仕事ですが、

亭主の留守を心配したおさんの実家が、

長年勤めている、手代の茂兵衛を貸してくれるというので、

安心して旅立って行きました。


茂兵衛は、おさんの親が白羽の矢を立てるぐらい、

実直一途で浮ついたところのひとかけらもない、真面目な男でした。



この茂兵衛に、女中のりんが恋をしました。

初心な娘のりんが、人知れず思い悩んでいることにおさんも気付きます。

読み書きの出来ないりんに代わって、

おさんは恋文を書いてやりますが、

茂兵衛の返事は、りんを適当にあしらう、ふざけた内容でした。


おさんはそれを読んで、

茂兵衛ごときに馬鹿にされたと怒りました。

そして、

茂兵衛を懲らしめてやらなければ、という悪戯心を思いついたのです。


茂兵衛の方は、りんを軽んじてしまったことを後悔していました。


自分を想ってくれる心がいじらしくなって、

気持ちを入れ替えると、

五月十四の影待ちの宴会の晩に、寝所を訪ねるから、

と書いた文をりんに渡したのでした。



影待ちの夜も明けようという頃、

茂兵衛は約束通り、りんのもとへ忍んで来ました。


宴会の騒ぎに疲れた家の者たちが、眠りこけている中で、

耳目をはばかりながら抱いたのは、

りんではなく、おさんだったのです。



りんになりすまして寝床で待ち、いざとなったら起き上がって、

茂兵衛を驚かせて、叱りつけてやろうと思っていたおさんでした。

それが不覚にも、宴会の後で寝入ってしまったのです。


思いも掛けぬ成りゆきに、二人は青ざめます。


こうなった以上、一緒に死ぬしかないと、

おさんは、決意のほどを茂兵衛に告げます。

茂兵衛も思いは同じです。


しかし、茂兵衛はおさんに魅せられてしまいました。


以春のいない今はまだ、情熱のままに行動する間があります。


死ぬと覚悟を決めたことで、

かえって大胆におさんの寝所へ通うようになりました。


おさんの気持ちも、同じように変化したのでしょうか。

夜毎の茂兵衛の訪れを、拒まなかったのです。



生死を賭けた、破滅の恋に、二人は踏み出してしまったのでした。





夏になり、

おさんは茂兵衛を連れて、石山寺へ参詣に出向きました。


湖に船を出して、追い詰められた行く末を思ううちに、

二人は別の決心をします。


一緒に生きたいと思ったのです。


心中をしたように細工をすると、二人は丹波へと逃げ落ちます。


深い山の、道なき道を、手を取り合って這い上り、

追っ手の影に怯えながら、 

やっとの思いで、茂兵衛の在所、柏原にたどり着きました。


しかし、その家の息子から、おさんがお門違いの懸想をされ、

結局そこにもいられずに、二人はまた苦しい道行きに出ます。


おさんの夢枕に、文殊菩薩が立ちました。


どんなに諭されようと、自分で命を懸けた事なのだから、と、

仏様にも背くおさんの恋でした。





室町に帰って来た大経師は、二人の心中を知らされ、

怒りと悲嘆を胸に封じて、

おさんの弔いを済ませていました。


菊の節句の頃が近付くと、

毎年、大経師の店に丹波の栗売りが来ます。


よもやま話のついでに出たのが、

おさん茂兵衛の消息でした。

丹後の切戸に、お内儀と手代さんにそっくりな二人がいる、と。



天和三年、九月二十二日の明け方、

おさん茂兵衛は、数日間の引き回しの後、

不義密通のかどにより、

粟田口の刑場で、共に磔になりました。


少しも見苦しいところのない、夢のように儚い最期でした。










丸諒の思ったこと


この、おさん茂兵衛を読む時に一番分かりづらいところが、

おさんの立場です。


初めは、おさんはごく普通の経師職人の女房で、

不義密通は誰でも磔、という世の中だと思っていたから、

只の人妻のよろめき話だと思っていたわけです。


ところが、

おせんの巻でも明らかにしたように、

不義密通による死罪は、

事実上、武士階級のみに適応されたものだったわけで、

となるとなぜ、町家の女房のおさんが磔になってしまったの?


それで大経師という、夫以春の職種をよく調べてみましたらば、

これがとんでもない特権階級だったわけです。


普通のお家の襖の張り替えなんかやっちゃくれません。

第一のお取引先は、京都御所です。

二番目が、将軍様のいはる江戸幕府、

三番目でやっと庶民階級になりますが、

庶民ったって三井越後屋などの豪商に限られ、

四、五はありません。


現在では国宝指定の、尾形光琳の襖絵などの表装をしていた人だったのです。

驚きです。


その上、さらに、もっと特別なお役目を司る家でした。

暦の発行です。


江戸時代の暦はただのカレンダーとは違い、

一日を取っても、十五夜だの二十日月だのの月齢に始まって、

乙卯とか癸申とかの六十干支に、

八十八夜や二百十日などの雑節、

立春、春分などの二十四節気に、

雛の節句や端午の節句、などなど(はふ〜)、

山のように当てはめる事柄があり、

しかも陰暦なので、年によってその日はいちいち違う。。。

それを毎年割り出してまとめるという、

著しく頭を使うお仕事だったのですね。


暦は、言ってみれば江戸時代の人々の生活の羅針盤だったので、

むやみやたらに色んな種類を発行されちゃたまりません。

そこで、全国のいくつかの家だけにその編纂を任され、

大経師は京を中心とした国々を担当していたのです。

この巻三の題が、『暦屋物語』となっているのもそういう理由だったのですね。


大経師の家は、

町人階級ながら、名字帯刀を許された、

格式のある名家だったのです。


職人というよりは、もはや学者の家といっても過言ではないでしょう。


そんな立派なお家に望まれてお輿入れしたおさんが、

なぜ茂兵衛のようなカチカチの男に命を賭けてしまったのでしょう。


丸諒が思うに、

江戸城からお呼びが掛かるキャリアを考えると、

以春は30歳以上にはなっていたんじゃないかと思います。

おさんは14ぐらいで嫁いできています。


今の感覚ではロリコン?てな感じですが、

当時の適齢期から言えば、チョイ早ぐらい、

でも、いかに時代感覚が違うとはいえ、

おさんからしたら、以春は間違いなく中年のオッサンでしょう。


実際、お夏にしてもこの後の巻のお七にしても、

娘たちは、同じぐらいの歳の男と恋愛しているわけですから。


以春は、他人に摘みとられる前に一刻も早く、

花のつぼみを手中におさめたかったのでしょうね。


そこに、こうと決めたらテコでも動かない、

以春という男の強い精神力と、

ある種の執念深さを、感じました、わたし。


いくら真面目人間であっても、茂兵衛は若者です。


まだ自我も芽生えていない、お姫さま暮らしの娘時代から、

そのままおっとりと大家の奥方へとスライドしていき、

夫という名のオジサンしか知らなかったおさんにとって、

若い男の、直情的で性急な情熱というのは、

衝撃の世界だったのではないでしょうか。


人妻ということで、つい忘れがちですが、

密通をした時、おさんはまだ17歳だったのです。


下女と寝所を入れ代わるなぞという、

ワケの分からない余計なことをしでかしたのも、

世の中にうねる、生きることのダイナミズムなど、まるで知りもしない、

清らかなお姫様だからこその発想に思えます。


そう考えると、雪崩のように不倫の道に転がり落ちていった、

おさんの急激なシフトチェンジは、よく分かるような気がします。


初めての恋だったのですね。


命をすり減らしても、好きな男にどこまでもついて行く。


おさんという人は、

奥方時代の有り様をみても、素直で従順な女だったんだと思います。


その、しおしおとたおやかな、女らしい人が、

死の影がつきまとう、激情の渦に流されながら、

裏腹に、今生きている、という芳醇な実感に満たされる日々。


それを知ってしまったら、もう手放せなくなるでしょうね。


ドラマティックです。


好色五人女の中で、密やかだけれど、一番心理的に変わっていったのは、

おさんです。

その前と後の、どちらにも、正直な真実がある。


丸諒はおさんが一番好きかもしれません。



以春にしても、待ちに待ってようやくめぐり逢えた妻です。

本当に愛していたのでしょう。

なのに、こんな手酷い裏切りを受けるとは。。。


もしも、以春が豪気な男なら、

町人階級ですから、示談の方法はいくらでもあったはずです。

でも、彼は奉行所に訴えた。


愛憎の為せるわざか、泥まみれにされた誇りゆえか、

そうしなければ、もはや世間が許さなかったでしょうが、

それでも以春が許して迎えたら、

また別の意味で、後世に残る話となったでしょうね。



西鶴の好色五人女から、約30年後の1715年に、

近松門左衛門も、このおさん茂兵衛を『大経師昔暦』に書いています。


そこでは、

茂兵衛と恋仲だった下女を、妾にしようと企んでいた夫をいさめる為に、

寝所を入れ代わったおさんが、

以春からクビにされて下女に別れを言いに来た茂兵衛と鉢合わせし、

クビの理由がおさんの頼みごとにあった為、

手を取って詫びを言っていたその時に、

下女に夜這いをかけてきた以春に誤解され、

成りゆき上、そのまま二人で家を出たことになっています。


以春の身勝手が全ての原因という、

近代的な分かりやすい話になっているので、

今でも舞台化される時は、近松版がおさん茂兵衛の定番となっています。

この話の中では、二人は清いまま出奔したことになってもいます。


30年も経ってからの刊行なので、

近松の作品の方が、洗練度は圧倒的に高いけれど、

丸諒的には、

事件から3年後には発売されただけあって、

事の顛末やおさんの気持ちの変化、以春という人物の微妙な陰影、など、

性の絡んだ ひと括りには語れない不条理感が強く出ているので、

好色五人女のおさんの方が、魅力的に感じます。



この話は、考え出すとキリがない、深い面白さがありますね。


おさんが体現した“女の魔性”、

その深みにはまることで、茂兵衛もまた只の“男”に変わる。


以春が戻ってくるまでの数カ月、おさんの元へ通い続けた、

茂兵衛の居直り。

なんという、男のエロス。


その二人を、りんはどんな思いで見ていたのだろう。

そして、江戸行きを契機に人生が一変してしまった以春。


あくまで、社会人として生きた以春のエロスは、

二人を磔にする中に、燃え上がってはいなかったろうか。。。



元禄の京の町にはあまりにも強烈な、一大スキャンダルだったんでしょうね。


大家の奥方、しかも今小町と称される佳人が、

身分下の手代に身を任せた挙げ句の、磔ですから。


幸と不幸は比例するもの、と考えれば、

磔と引き換えの恋とは、

どれほどの絶頂に満たされたものだったのでしょう。


そんな恋をしてみたい、と思うか否か・・・

自分の心が、

この世の一番の謎かもしれません。









義理も人情も もうこの頃は 捨てて逢いたい欲ばかり


こうして こうすりゃ こうなるものと 知りつつこうして こうなった


諦めましたよ どう諦めた 諦め切れぬと 諦めた









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