丸諒の好色五人女巻二




おせんの巻


おせんは、大坂のとある商家の女中です。


十四の歳に百姓の家から奉公に上がりましたが、

その割にスッキリとあか抜けた、よく気のつく賢い娘でした。


上からも下からも人望の厚い働き者だったので、

数年の間に、おせんなしではこの家は成り立たない、

と言われるまでに信用されるようになりました。


元禄時代のキャリアウーマンといったところでしょう。


生真面目な分、男女のことには身持ちが固く、

ちょっと男から誘われても大声を上げるような、

鉄の処女、といった感の娘です。





そんなおせんに、天満の樽職人忠兵衛が恋をしました。


何度も恋文を届けていたのですが、

おせんは一目顔を見ようともしてくれません。


身分的には釣り合いの取れた縁組みですが、

おせんの奉公先からお許しを頂かなければ、

所帯を持つことは出来ない時代です。



おせんを想ってため息ばかりの忠兵衛を見かねて、

夫婦池のこさんというお婆さんが、

仲立ちを買って出てくれました。



やり手のこさん婆さんは一計を案じ、

おせんに焦がれて今にも死にそうになっている若者がいる、

何とかしなければ自分もこの家も祟られる、

と、おせんの奉公先で卒倒してみせたのです。


案の定、驚いた主人から、男が実直な人柄なら、

おせんを嫁にやってもよいと、言質を取ることに成功しました。



翌日、主人からお見舞いに使わされたおせんに、

こさん婆さんは忠兵衛の本気の恋心を訴えます。


聞いている内に、そんなに自分を好いてくれていたなんて、

と、おせんもすっかり気持ちが傾いてしまい、

ついに、忠兵衛に会おうと決心します。


こさん婆さんは、二人をお伊勢参りに行かせ、

楽しい旅の間に、夫婦約束を結ばせようという、

シャレた出会いを演出してあげます。


もっとも、当の婆さんもこの旅に同行することになっていたので、

二人きりにはなれませんが。



ところが、おせんに懸想していた別の男まで、

なぜか同道するハメになってしまい、

恋の珍道中は、ジレったく進んでいきます。


でも、それでかえって二人の恋心は強まって、

ついに京までたどり着いた折に、上手く男をまくことができ、

祇園の料理屋の中二階で、

ようやく二人は夫婦の契りを交わすことができました。



所帯を持った二人は、とても仲睦まじく、

おせんは長屋の井戸端会議でも、二言目には、

「うちの人が」「うちの人が」

とノロケるので、

近所のおかみさんたちも呆れるほど。


絵に描いたような幸せの内に、男の子も二人授かりました。



ある日、夫が樽を卸している麹屋の法事に、

おせんもお手伝いに呼ばれます。


納戸で、お菓子の盛り付けをしていたおせんの頭に、

たまたま棚に手を掛けた、この家の主人長左衛門が、

鉢物を落としてしまいました。


おせんの髪は、元結いが切れてバラけてしまっています。


おせんはさして気にもせず、

サラリと髪を巻きなおして出てきましたが、

麹屋のお内儀がそれを見とがめて、

亭主の長左衛門と密通におよんだと信じ込んでしまいました。


このお内儀はとんでもないヤキモチ焼きで、

法事の席でもカンシャクを起こしたまま、

人前でおせんを罵倒しつづけるし、

お刺身の皿は投げつけるし、と、一日中派手に荒れ狂ったので、

いつしか居合わせた人々の中にも、

事が真実のように一人歩きをはじめてしまいます。


じっと我慢を重ねていたおせんですが、

ふっと、

それなら本当に麹屋さんをモノにしてやったら・・・

という思いが頭をもたげてきました。


この憎たらしいお内儀の鼻を、なんとしても明かしてやりたくなったのです。







貞享二年正月二十二日の夜、事件は起きました。


ついに長左衛門との逢い引きを決行しようとしたその時、

夫の忠兵衛に見つかってしまったのです。


逃げる長左衛門を捕らえそこない、家に戻ってみると、

おせんは忠兵衛の仕事道具の槍かんなを胸に突き刺して、

自害して果てていたのです。














 

丸諒の思ったこと


好色五人女の中でも、分かりづらいお話の一つです。


なぜ、あんなに幸せだった堅気の女のおせんが、

魔が差したように麹屋との密通に走ることになったのか。。。


いきなりの自害という、鮮烈すぎる幕切れと相まって、

二十歳の頃に読んだ時は、ひたすら???でしたネ。


今、歳を取ってみると、

おせんが密通に走った理由も、自害した理由も、

なんとなく分かるかなあ。


おせんは、プライドの高い女だったんでしょうね。


奉公先でも、その頭の良さは14の時から頭角を表すほどで、

その上生来、身持ちの堅い女だったのだから、

とても頑張り屋さんだったんだと思います。


その生真面目な彼女が、密通などというあらぬ噂を立てられては、

臍を噛むほど悔しかったでしょう。


挙げ句の逆ギレ不倫というのは、浅はかだけれど、

同性に仕返しをしたくなるのは、

意地っ張りな女には有りがちな感情の一つだと思います。



当時この事件は、歌祭文
〜うたざいもん〜という語り物にもなったのですが、

そちらの方では、勝手に懸想した長左衛門から、

子供を人質に無理矢理強姦されたことになっています。


その方が、女の立場としては支持しやすい展開ですが、

西鶴せんせは作家の冷徹な目で、

女ならではの不条理な心の闇を、提示してみたかったのではないでしょうか。



江戸時代の不義密通と言えば、即死罪、と思いがちですが、

その法を何が何でも守らなければならないのは、

義に縛られた武家社会の間のみのことでした。


庶民の間では、実際には、

浮気騒動は相手の男に5両を払わせて穏便に済ます、

という示談金制度が自然発生していたのです。



だから、忠兵衛も当然そのつもりでいたろうに、

家に戻ったら、女房が自害していたのです。


歌祭文では、なんと早まったことをしてくれた、と、

亡骸に取りすがって泣いた、となっています。


本当に可哀想なのは忠兵衛はんなんですよねえ。。。



おせんは、

あまりにも潔く、あまりにもせっかちな人だったように思います。


女の意気地に生きて、女の意気地に死んだ女。



長左衛門に5両を支払わせて、

この先、不倫妻という烙印を押されたまま生きて行くのは、

有能で通って来たおせんには、耐えられなかったのでしょう。


そうそう、しちゃったのよ、イイ男だったからサ、

と、カラカラ笑って済ませられるほど、

おせんは融通の利く女じゃなかったんでしょうね。



『お夏清十郎』『お七吉三郎』というように、

通り名が男女ペアの名前にならずに、

好色五人女の中で唯一、

『樽屋おせん』と単独で呼ばれるのも、

おせんの死は、恋に根ざしたものではなかったからでしょうか。


男は関係のない、女の事情のみの顛末。



そのあたりの分かりづらい感じが、

この物語をどう解釈して、どう腕を振るっていくか、

古今の作家や演出家、俳優を魅了してやまない理由じゃないかと思います。


もしも、丸諒版『樽屋おせん』を書くなら、

やっぱり、とーとつに長左衛門に走った件の心理に解釈を加えるでしょうね。

幸福な結婚生活なればこそ、忍び寄るエゴイズムの影、

向上心という名の欲望が強い人間のみが持つ、現状維持の恐怖、

生と性を融合出来ないジレンマ、などなど。


この話には、鍵がいっぱいあって面白いです。


その辺は、好色五人女巻三のおさんの話にも関わってきます。

げに謎なるは女という生き物。。。

って感じですかねー?





恋に焦がれて泣く蝉よりも 泣かぬ螢が身を焦がす 



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