丸諒の好色五人女 巻一 


〜 すがたひめじ せいじゅうろう ものがたり 〜



お夏の巻




お夏は、姫路の米問屋但馬屋の当主、九右衛門の妹です。




世間から、京の島原の太夫を上まわる、と讃えられたほど、

その美しさは言うにおよばず。




十六ながら、

すでに匂うように艶やかな女っぽい娘だったので、

降るほどの縁談も、相手の姿かたちをより好みして袖にしつづけていました。






この但馬屋へ、

同じ播磨の室津から、清十郎という男が奉公に上がって来ます。




もともとは造り酒屋の跡取りですが、

遊女と心中事件を起こして勘当ものとなっていました。




相手の女から死に遅れて寺へ預けられていましたが、

将来のためを考えて、

世間のほとぼりが冷めるまで、手代として修行を積むのが良いだろうと、

但馬屋へ世話してくれる人があったのです。






清十郎は大変な美男で、

室津の八十七人の遊女すべてと深い仲になったというほどの、

女に好かれる男前でした。




もともと育ちがよく、やさしくて頭のいい男だったので、

但馬屋に上がってからも、女中たちはみんな清十郎に色めきたちます。




しかし、清十郎は、恋の遊びにも飽き果てて、

人が変わったようにひたすら実直に勤めていました。







ある日、

清十郎は自分の帯のくけ直しを、女中の一人に頼みます。




女中が帯の縫い目をほどいて見ると、

中から十四、五枚も、遊女の恋文が出て来ました。




しかも差出人はすべて別人。




室津の有名どころの女郎たちが、

商売の手管ではない、本気の想いを綴ったものだったのです。




女中たちは、興奮して文の数々を読み回し、

それをお夏にも見せます。






商売女がこんなに夢中になるなんて、あの手代はどういう男なんだろう。




この時から、清十郎を意識し始めたお夏の気持ちは、

いつしか恋心へと変わっていきました。




清十郎はと言えば、恋文の件以来、人気は増々過熱し、

女たちの攻撃をさばきかわすだけで精一杯となり、

ついには仕事もおろそかになってきます。




めんどうになって、ぼんやりすることが多くなってくる日々の中、

お夏からの恋文が次から次へと送られてきます。







他ならぬ、お夏からの文。




一つ家にいながら、垣間見るぐらいの隙しかない中でも、

お夏の魅惑の姿は、やはり清十郎をも虜にしました。 




今は互いに、思いを遂げたいと、そればかりを願いながら、

身分違いという無情の隔たりが、二人の前に横たわります。




逢いたい思いを募らせたまま、

恋やつれの日々が過ぎていきます。













春、尾上の桜が咲いて、

但馬屋の女たちも、花見見物へと繰り出すことになりました。




海沿いの桜並木は夕暮れに染まり、見物の人たちの顔が美しく映えています。

綱に小袖を掛け広げた幕の内で、但馬屋の花見もたけなわです。




けれど、お夏の心は上の空で、幕の外ばかりが気になります。




清十郎も、女たちの監督係として来ていたのです。




千載一遇の今、早わざで逢い引きできたらいいのに・・・




そんな思いでじりじりしつつ、

けれど初めから、二人きりになどなれるわけもありません。







そんな時、向こうの方で人だかりがします。

大神楽がやってきて、獅子舞を始めたのです。




物見高い但馬屋の女たちも、あっという間に見に行ってしまいました。





幕の内にはお夏ひとり。




ハッと手招きするより早く、お夏はもう清十郎に掻き抱かれ、

髪のほどけるのも気にかけず、ものを言う余裕もないままに、

二人は結ばれました。






そのまま二人は港へと走ります。




お嬢様と手代の恋です。

離ればなれにならない為に、二人には駆け落ちしかありませんでした。




船は上方へ向けて港を出ました。




大坂あたりで裏長屋を借り、五十日は夜昼なしに抱き合おう。

お夏清十郎は、幸せそうに微笑みます。




ところが、なんとしたことか、

船が引き返し始めてしまいます。




乗船した飛脚が、荷を忘れて来たと言うのです。




港に戻るやいなや、姫路からの追っ手に見つけられ、

お夏は籠に押し込められ、清十郎は縄で括られて、

その日の内に連れ戻されてしまったのでした。













  座敷牢での幽閉の日々ののち、清十郎は奉行所に召し出されると、

思いもよらぬ詮議を受けることになりました。




但馬屋の内蔵から、小判七百両がなくなったのです。




清十郎がお夏を騙して盗み出させ、

それを持って逃げようとした、という嫌疑でした。




身の潔白を証明できぬまま、

清十郎はそれから数日の内に処刑されてしまいました。






ところが、

六月も初めの頃になって、虫干しをしていた車長持ちの中から、

その七百両がひょっこり出て来たのです。




内蔵から移しておいたのを、みんな忘れていたのでした。






連れ戻されてからというもの、

お夏は二度と清十郎には会わせてもらえず、

どうしているかさえ、誰にも教えてもらえません。




ひたすら、この恋のお咎めが清十郎におよばないようにと、

お夏には、もうその思いしかありませんでした。




清十郎が死んでしまったことなど露とも知らぬまま、

苦しく沈んだお夏の耳に、ふっと子供の囃す歌が入ってきました。




「清十郎殺さばお夏も殺せ」




取りすがって問い詰めるお夏に、

乳母は顔を背け、堪え切れずに涙を流します。




その涙の意味を知った瞬間、

お夏の心は砕け散ってしまいました。






むかい通るは清十郎じゃないか  笠がよくにた菅笠が

清十郎ころさばお夏もころせ  生きて想いをさしょよりも




子どもたちの中に混じってケラケラと笑いながら、音頭をとって歌いだすお夏。




清十郎の亡骸が眠る塚に、

雨の日も風の日も通っていくお夏の目は、

もう何もとらえてはいません。




嘆き悲しむ兄の顔も、女中たちの顔も。




心はただ、あの尾上の桜の浜辺に飛んで、

ときめきの中に、清十郎を待ちつづけているのでしょうか。
















丸諒の思ったこと



その一線を踏み越えるまでに、さんざん思い惑う大人の恋とは違って、

パッと燃え上がって一挙に突っ走って行く、若い恋には、

今となってはなかなか共感できないうらみがあるわ、

というのが丸諒の実感。




が、こうしてお話の中に入っていってみると、やっぱり『お夏清十郎』の物語は美しいですね。




初恋を引き裂かれて、ついに狂ってしまった乙女の話だと思っていましたが、

どうも違うなあ。




お夏は、まあ生娘には違いないんでしょうが、

精神的にはもうひとかどのおんな、ですよね。




ヒロインの美しさを讃える場合、たいがいは桜とか月などになぞらえて例にとるようですが、

なぜかお夏の場合は、

『島原の揚羽の紋所の太夫をも上回る』などと、

あろうことかお女郎さんと比べられています。




普通の堅気の、嫁入り前の娘のはずなのに、そーゆー例えってありなの?






この話も1661年頃(げ、まだ江戸幕府が出来てない)、実際に起きた事件をもとにしているので、

姫路の方では実録に近い文献なども本屋さんにあったりします。




その中に、お夏は、但馬屋の先代が島原の遊女に生ませた子、

という説があるようです。




だとすると、ちょっと納得できる感じがします。




お夏の処女らしからぬ風情、

そもそも清十郎を意識し出したきっかけも、山のように出て来た遊女の恋文を目の当たりにしてだし、


自分からラブレター攻撃で清十郎を陥としたワケだし、


花見の幕の内で、「このチャンスにちょいの間でデキないかしら」なんて思ってるわけだし、、、




普通の乙女より、すごく仇っぽい、

ちょっと面白い個性のお嬢さんだったんじゃないでしょうか。




自身が超越した美人だったので、

相手にするのも美男でないとダメ、という面食いの前に、

後の世までも語られるほどキレイな男だった清十郎があらわれたのは、

飛んで火に入るお夏の虫?




うーん、逢うべくして逢った二人だったんでしょうね。




清十郎の女を知り尽くしたところにも、逆にお夏は、危険より魅力を感じただろうし。






当時の結婚は、戸主、もしくは雇い主の許可なしでは成立しませんでした。




嫁には、必ず持参金を持たせなければならなかったからです。




もしか見初められて、お金持ちに嫁ぐなんてことになったら、

シンデレラストーリーどころではなく、

先方に見合ったお金を付けてやらなきゃならないので、自分ちが潰れかねない、

とんでもなく迷惑な話だったんですね。




だから、現実に頓着しない恋愛結婚なんて危険過ぎるわけです。




そこで、両家の釣り合い、という事が一番大事になって、

日本独自のお見合いという紹介システムが発達したのですね。






清十郎は但馬屋では手代という下層の身分でしたが、

もとを正せば大きな造り酒屋の跡取りです。




いずれ身代を継ぐ身であるので、お夏とは決して不釣り合ではなかったのです。




ただ、勘当もので姫路まで流れ着いて来たような立場なので、

正式に婚姻となるとまず勘当を解いてもらわねばならないし、




その後も、しかるべく人に入ってもらって、

世間に認められる、正式な家と家との結びつきにしなければならず、

手間がかかったわけで、

それが、若い二人には待てなかったような気がします。




清十郎も七百両横領の罪にさえ問われなかったら、晴れてお夏と結婚することは出来たでしょう。




二人も、その辺を分かった上での駆け落ちだった気がします。




かなり危険で過激ではあったけれど、

一緒になりたいというデモンストレーションだった。




はずなのに、清十郎は冤罪で死んでしまったのです。




二人とも、何故こんなことになったのか、訳も分からないまま、

運命の海の中で溺れてしまった。。。






お夏は、自信たっぷりの傲慢な女だったような気がします。




美しい傲慢。




早熟な発達した自我と、

わがままを極め尽くして身に付いた、異常なまでに排他的な純粋さが、

お夏の選択に、全てかゼロかしか与えなかった。




思い通りにならない物はなかったのに、

ただ一つ、手に入らなかった物が恋人の命だった、

という現実の仕打ちに直面した時、

お夏は、自分の心をゼロにするしかなかったんじゃないでしょうか。






怖い話です。




巻四のお七のような幼さも、巻五のおまんのような賢さも、

お夏にはなかった。




ただひたすら感覚的な、“おんな”であった人だと思います。

それゆえ、お夏は魅惑の存在として、今なお輝き続けているのでしょうか。
































 をとこの気息のやわらかき お夏の髪にかゝるとき

 をとこの早きためいきの 霰のごとくはしるとき



 をとこの熱き手の掌の お夏の手にも触るゝとき

 をとこの涙ながれいで お夏の袖にかゝるとき



 をとこの黒き目のいろの お夏の胸に映るとき

 をとこの紅き口唇の お夏の口にもゆるとき



 人こそしらね嗚呼恋の ふたりの身より流れいで

 げにこがるれど慕へども やむときもなき清十郎


島崎藤村 四つの袖










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