
〜山岸諒子編その2〜
江頭:離風霊船入団のそもそものきっかけは?
山岸:短大入った時、演劇部に入らないかと勧誘されて
(当時、短大演劇部とジョイントで活動していた)
武蔵工業大学の演劇部に連れていかれたのね。
男ばっかりで、もうきったない部室で、
その頃はまだ学生運動の名残があったから、
学生会館にはアジテーションのビラがペタペタ貼ってあったり、
赤とか青い字で、壁に「なんとかに抗議する!」とかそのまま
残ってるようなところだったから、
この何も知らないお嬢様としては、「この世界は何?」
ていうくらいのカルチャーショックだったんだけど、
そこで初めて、男の人が芝居してるのを見たの。
感動して、男の子とする芝居ってどういう感じなんだろう・・・って興味がわいて、
そこの先輩がやっていたプロデュース公演に出演させてもらったのね。
それがつかこうへいの“飛龍伝”で、そのヒロインをやったの。
最初の洗礼が、つかだったから、すごく煽る本でしょ、つかさんの本って。
なんかハマっちゃったんだよね。
江頭:他に状況劇場とか、天井桟敷とかもやったんですよね?
山岸:やったやった。
2年生の時には唐十郎の“吸血姫”ってのをやって。
「お乳がない」ていうのが、ひとつキーポイントになってるヒロインで、
バッって胸元を開いたときに、
ただ単に前ボタンをグッてあけるだけだったんだけど、
ありがたいことに胸がまったくなかったので、
ポイントだけを隠せばぜんぜんオッケーて感じだったので、
(乳房がないように見せるのに)どういうマジック使ってたんだろう
とか言われたりして。
マジックじゃなくて「ない」んだよ〜ん。
伊東さんも学生時代、私と同じ役をやったらしいんだけど、
その場面で、巻いてたサラシがはずれて、ポロリと・・・なったらしいよ(笑)。
山岸:その短大の1年生の2月、
OBである大橋さんと伊東さんとで離風霊船を結成することになって、
女優さんが足りないので出てくれないかという話になって、
“ダンスはうまく踊れない”という旗揚げの公演に出演しました。
それで、そのままなし崩し的に20年。
旗揚げを知ってるのは、今では役者だと私と伊東さんだけかな。
そのときはビデオも撮ってなかったし、口立てだったから本もないかも。
江頭:それからは離風霊船のほとんどの作品に出演してるってことですね?
山岸:そうだね。同じ作品でも、やるたびに役が変わったりしてるし。
江頭:“ゴジラ”も、役がどんどん移行していって、
今では家族チームのお母さんになってますしね。
山岸:うん。
江頭:掲示板に、今のメンバーでの“ゴジラ”が見たいなんて書き込みもありましたけど、
山岸:私たちは、学校公演なんかでやってるから、やった気になっちゃってるけど、
多くのお客様は、竹ちゃんのゴジラ役を知らないんだよね。
(現在、ゴジラ役は松戸俊二から竹下知雄に代わっております。)
今でも、初演から代替わりしてないのは伊東さんのおばあちゃんだけ。
江頭:今、これをご覧の全国のみなさん、やりにいきますので、
学校公演でも会館主催でも、是非呼んでください。
山岸:“ゴジラ”は作品としてもとってもいい作品なので、
なるべく多くの方に見てもらえる機会があればなぁって思ってます。
野望なんだけど、ブロードウェイとかでは、
ひとつの作品を20年とか30年と続けていくでしょ。
自分が最初に見て感動して、その子供にも同じ作品を見せることができる
っていうくらい長く続いていく。
そんな究極のロングランていうことが、“ゴジラ”はできる作品だと思うのね。
見る人によって、随分いろんな角度から見られる本だと思うし。
そういう意味でも、やり続けていくことに意義がある本だって思ってるから、
どこかでやっていければいいね。
