〜倉林恵美編その3

鈴木:倉林さんが、役作りや台本を覚える上で、心がけていることは何ですか?
倉林:またそんな難しい質問ばっか。そんなの普段考えないよ。
鈴木:え〜!教えてくださいよ〜!
    例えば北島マヤ(@ガラスの仮面)とか。
倉林:漫画じゃん!
鈴木:どっかの別荘行って、一ヶ月目隠ししてさぁ、階段で転びそうになったりとかさぁ〜。
倉林:やってたやってた(笑)
鈴木:亜弓さんも乞食になったりさ、やってたじゃん。
    なかなか実際に生活してると、そううまくはいかないけど。
倉林:なかなかね、お金と時間があればできるかもね。
    私は、この登場人物ってこういうキャラなんだなってわかってくると、
    自分と何が違うのかって考える。
    結局しゃべるのって自分じゃない?
    どんなキャラを作ったとしても、私が今まで背負ってきた人生の中で考えて、
    それを出すわけだから、私自身に土台がないとできないわけ。
    たとえば北島マヤちゃんみたいに、まるで違うものになりきる
    っていう役者さんもいるだろうけど。
    私は、なりきって演じるっていうタイプとはちょっと違うと思うから、
    まず、自分の感覚と、この本のキャラクターがどう違うのかなって考える。
    で、そのキャラクターが、例えば人を殺したとしたら、
    自分は絶対にそういうことをしない。でもこの人はする。何が違うのかな?
    これだけ差があるんだなって考える。
    まったくそれを理解できないときは悩むけど、
    そのキャラクターと近い部分を探していくから、
    全くわからないでセリフをしゃべってるってことはないなぁ〜。
    感覚がわからないと私はしゃべれないのね、
    わからないときは大橋さんに聞いたり、伊東さんとか小林さんとか、
    周りの人に聞いたりして。
    私がわからなかったりすると、小林さんとか、
    私がわかる感覚で話してくれたりするの。
    例えばこういうことなんじゃないの、とか。
    そうすると、「それだったらわかります」って受け入れられることもあるわけ。
    それと、大橋さんの言ってることを併せてみて、
    もしかしたらこういうことかなって作っていってるかな。
    台詞を声に出して言うときに、自分の中で、それがちゃんと、
    書かれている台詞じゃなく、「発したい」っていうか。
鈴木:理解して、さらに自分のものにして、自分の中から出てきた言葉にして言うっていう?
倉林:そうそうそう。
    台詞って、予定調和になりやすいじゃない。
    たとえば長いセリフがあったりすると、自分の気持ちはこう思ってるのに、
    いざ台詞を声に出してみると、なんか違うなって思うときもあるじゃない。
    そうすると、言い方とかにこだわったりする人も多いんだけど、
    言い方なんてあんまし関係ないと思うんだ、私は。
    もちろん技術的なことはあるし、
    たとえばナレーションの仕事とかしていたら、当然言い方は大事だけど、
    役者さんは、その前にもっと伝えるべきことがあると思うから、
    それが台詞にのっていれば、私は全然かまわないと思う。
    そういう意味で、ちゃんと気持ちをわかった上でしゃべりたい。
    言い方なんかいっくらでも練習すればカバーできるからね。
    活舌とか、直したいと思えば。
鈴木:形から入っていくタイプではなくて、気持ちから入っていくタイプってことですか?
倉林:う〜ん・・・そうだなぁ・・・
    例えば松戸さんを例にあげると、確かに形は気にする人だよね。動きとか。
    でも、やっぱ気持ちももちろん考えてる。
    松戸さんは、みんなよりもういっこ上のレベルで考えてると思うよね。
    こないだのおばあちゃん芝居『流れ去るものはやがて流れて』で、
    私たち松戸演出チームだったけど、
    演出家・松戸氏は、とにかく形のことを言うじゃん。こう動いてとか。
    それは松戸さんが、いっこ上のレベルで芝居に取り組んでいるからで、
    気持ちは役者が考えてきて当然っていうところでやってるんだよね。
    そこは諒子さんの演出とは違うよね。
    諒子さんは、ここはこういう気持ちだからこういう風になるじゃないって
    丁寧に指導するタイプだから。
    そんな松戸さんの演出について行けなかった自分を情けなく思ったなぁ。
鈴木:倉林さんが悩んでる姿、初めて見ました。
倉林:私、動きとか苦手なので、こうやって動いてって言われると、
    そうやって動かなきゃいけない必然性は?とか考えちゃうんだけど、
    でも、そう動けば実際面白いもの。
    インパクトがほしいっていうのもあるし。
    でもそれは確かにそうで、私たちに普通の老婆ができるわけなくて、
    若い人が老婆をやったときの面白味を考えると、
    動きとか発想とかが大事だよね。
    その点を考えてるんだよね、松戸さんは。
    もちろん気持ちが大切なんだけど、それを考える作業は、
    各自の役者がやるべきことだから。
    だから、演出方法は違っても、考えてることは一緒だよね、諒子さんも松戸さんも。
    最終的に見せたい絵ってのは多分違う。
    でもそれはセンスの違いじゃん。でも根底は一緒。やり方が違う。
    もともと二人とも役者さんだし、だから深いよね、やっぱり。

 
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