
〜倉林恵美編その1〜
鈴木:第14回リレーインタビュー!いぇーい。
今日は鈴木紀江から倉林恵美さんへのリレーインタビューです。
ここは鈴木家です。
倉林:鈴木家で今、うわさのトリ鍋をいただきました。
鈴木:これはうちの実家で食べていた、大根おろしをたっぷり入れた鍋です。
倉林:おいしい鍋でした。
鈴木:そしてちょっとひと段落したところです。


鈴木:それでは早速、倉林さんへの質問!
倉林:何聞かれんの?ドキドキ。
鈴木:まずは家族構成を教えてください。
倉林:母と父と私。離風霊船では珍しく一人っ子でーす。
親が若いときの子で、父親が19で母親が21の時の子です。
私がリブレに入ったときは、父親はまだ40になってなかった。
鈴木:若いですね。
鈴木:倉林さんは、子供のときはどういうタイプの子でしたか?
倉林:えーっと・・・よく「変わってる」って言われてました。
鈴木:自分ではどういうところが変わってると思ってます?
倉林:わかんない、そんなの全然。
だって自分では変わってるって思わないもん。
でもいい言い方をすれば、雰囲気があるねって、
学校の先生とかに言われてましたよ。
鈴木:個性的ってことですかね?
倉林:普通、将来の夢とか聞かれると、
「保母さんになりたいです」とか、「ケーキ屋さんになりたいです」とか、
「アイドルになりたいです」とかあるじゃない。
そんなのいっこも思わなかった。
小学校の時は、漫才ブームだったので、お笑いになりたかった。
鈴木:へぇ〜。
倉林:友達とお笑いユニットを組んで、台本を書いてやってみたりとかして(笑)。
そのあとは、マネージャーになりたかった、お笑いの(笑)。
今から思うと、芸能界とか、そういうものに
携わる仕事がしたかったんだね、もしかしたら。
でも、アイドルになりたいとかそんなのではなかった。
もともと、声優さんになりたかったから。
鈴木:それはいつから?
倉林:小学生じゃないかな?漫才ブームとともにアニメブームだったから。
鈴木:どんなアニメをやってた時代ですか?
倉林:『キャプテン翼』とか、『ドラゴンボール』とか、『うる星やつら』とか。
周りにアニメが好きな子もいて、「あー声優さんになりたいな」と思って。
絵を描くのも好きで、しょっちゅう漫画描いてて、
遠足のしおりとか、学年文集とか、必ず私が表紙描いてた。
でも、漫画家になりたいとかは思わなかったの。あんなに漫画描いてたのに。
鈴木:それは不思議ですねぇ。
私は、テレビに出たいとか、まったく思わなかったですけど、
なぜか『いいとも』には出たいと思ってました。
倉林:へー。
鈴木:テレホンショッキングに出て、次、誰を紹介するんだろうとか、勝手に想像してた。
別に芸能人になりたいとか思ってないけど、トーク番組に出たい、みたいな。
鈴木:倉林さんは学生の時、何部だったんですか?
倉林:中学校の時はバスケが流行っていたので、1年間だけバスケ部。
「りぼん」という漫画雑誌に載ってた、『月の夜星の朝』っていう
バスケ漫画がハヤってたんですよ。
それで、そのあと美術部。
高校生の時は演劇部だった。
別に演劇部に入るつもりはなかったんだけど、
声優さんをやるには、芝居の勉強が必要なのかな?と思ったので、
何も知らずに演劇部に入っちゃった。
鈴木:高校の時はどういう芝居やってたんですか?
倉林:如月小春とかやってました、何もわからぬまま。
高校演劇って、地区大会とか全国大会とかあるでしょ。
その地区大会で、いつもいいとこまで行ってる学校で、
県大会に行ったから、修学旅行に行かなかったの。
鈴木:卒業後は?
倉林:声優の養成所を受けたんだけど落ちてしまって、
でも芝居やりたいなと思って離風霊船のオーディションを受けて、受かっちゃって。