
〜橋本直樹編その2〜
山岸:その牛飼い少年がさ、なんで演劇に目覚めたの?
橋本:小学校4年生の時に、新任の先生のクラスになって、
いちばん初めに受け持ったクラスだから、先生もはりきってて、
西山先生っていう、かっこよくてバスケが得意で。
結構流行りモノが好きな人で、
一週間、授業の1時間目はたいてい歌になるんですね。
その頃CDが出たての頃で、先生の青春時代の歌、
”さらば、涙と言おう”とか”22歳の別れ”とか、
当時流行ってた”スクールウォーズ”ってドラマのCDを先生が買ってきて、
「これ歌おう」とか。
歌詞カードもあるんですけど、2番英語なんですよ。
だから適当な、雰囲気の発音で歌ってて。
うちの小学校、出来たての学校で、僕が卒業した時、
まだ第3期か4期くらいだったんですけど、
校歌の作詞が森雪之丞で、作曲がチェリッシュの旦那さんで。
開校式のときチェリッシュが来て歌ってたんですよ。
山岸:おもいっきり歌謡曲路線なんだ。
大矢:どういう校歌でしたか、ちなみに。
橋本:
(音声できけます)
英語の歌詞が入ってて、みんな英語のとこだけ微妙なんだよ、
意味がわかってないから。
中学行ったらすごい硬い校歌だから、「へぇ〜こんな校歌あるんだぁ」とかって。
山岸:こっちの方が変だったんだってことに気がついたんだ。
橋本:普通、周りの特色とか入れるじゃないですか、
この街には何があって、とか。
全然違いますからね”愛をとばそう”とか言ってるし。
大矢:うちの小学校”金のしゃちほこ”から始まりましたね。
山岸:すんごいご当地。
橋本:猿投農林高校は”鍬振れば”って歌詞ありましたね。
山岸:じゃぁ、その先生と一緒にいた4年3組は楽しかったんだ。
橋本:ものすごく楽しかったですね。
その時に初めて、今でも大好きな”一世風靡”を教えてもらったんですよ、先生に。
それをずっと歌ってて、学芸会で”ごんぎつね”をやった時も、
その”ごんぎつね”に、”一世風靡”のその当時に出た”今が好きです”っていう
ビデオをドッキングさせたんですよ。
”ごんぎつね、今が好きですごんぎつねストーリー”とかってタイトルだったんですけど。
「ごんぎつねは悪戯をすると、変わった踊りを踊っていたそうな」って
「ドンチュフォ〜ゲット♪」とか歌って。
山岸:調子に乗ると一世風靡になるんだ、ごんぎつねが(笑)

橋本:一世風靡はものすごい流行って。
スーツが着れないから、小学校の標準服っていうジャケットみたいなのの
袖を曲げて、赤い靴下履いて、みんな一世風靡セピアな気になってましたね。
文房具もみんなセピアですね。ギバちゃんとか哀川翔とかの写真が入ってて。
山岸:ギバちゃんになりたいとか思ったの?
橋本:なりたかった。センターとりたかったですね。
山岸:それが演劇心に目覚めた発端だったの?
橋本:「オレ、こういう歌って踊って役者もやれる人になりたい」って。
オレは古い歌が好きだとか言われるけど、
その当時、先生から習ったし、母親も聞いてたし、
一時間目ずっと歌ってたから。
山岸:原体験になってすりこまれてるんだ。
橋本:その4年生がいっちばん強烈でしたね。
大学で流行ってた服の着方とか習いましたね、
「ポロシャツは襟をたてて着るんだよ」とか聞いて、
みんな、ただの普通の詰襟みたいのを立てて着てましたね。
先生が「オレ、加賀先生が好きなんだけどどうしよう」とか
朝の朝礼とかで相談してきたり、マジな話。
山岸:よかったね、いい先生に出会ってね。
橋本:とっても泣き虫でいじめられっこだったんですけど、その先生に会ったときに
こうやって自分をアピールすればいいんだって。
その時初めて、いじめっこと喧嘩しましたね。
男は負けちゃいけないんだとか教えられてたから。
山岸:相手はおとなしくなったの?
橋本:なりましたね。その先生ですね、好きなことを好きなだけやりなさいって教えられて。
勉強はうちのクラスできなかったけど、チームワークだけはよくて燃えてましたね。